「逆説」で斬る‼︎義経 井沢元彦

逆説シリーズは大好きでハマっちゃう。
義経にまつわる鎌倉幕府誕生もスゴイ話。
誰がどこまで考えてこのストーリーになったのか?これが歴史の因果なのか?現代も、自分もそうなんじゃ無いか?と思わされる、新しい視点で見た時の興奮がたまらない。
天皇から藤原氏、平家と歴史の主役が変わる中、武士の政権をつくった鎌倉幕府、源頼朝。そこから700年くらい(大政奉還まで)は武士の世?に成った、そのスタートアップが鎌倉幕府。捕虜から将軍になった頼朝。預けられた寺を抜け奥州に潜み、兄を助けに来た義経。
義経の功績は、兄を助け平家滅亡し鎌倉幕府立ち上げに貢献した。と思っていたけど、どうもそれだけじゃ無い。鎌倉幕府のはじまりは、「全国に追捕使を配置する権限を得たこと。」で実質支配が可能になった。そのキッカケが「義経」だとは^^;

義経がいたから平家滅亡、支配権を取得、政敵を排除して武家政治の礎を作れた。出来過ぎの話は偶然なのか?と思わされドキドキする。

平家滅亡までは最強軍団。常識破りの戦術で快進撃。あっという間に平家を追いやった。

誰もが認める輝かしい武勲。天皇も喜んで褒美をくれる。「検非違使」の官。義経は喜んで授かり兄に報告。ここから鎌倉幕府誕生に動き出す。頼朝と義経の見ているものの違いが次々と現れる。

もらってはいけなかった検非違使の官。
もらわなければ幕府誕生はなかった?

頼朝が見ているものは「武士による武士のための政治」。朝廷は「武士のことを考えない政治」。平家滅亡しても、朝廷の支配を変えないと実現しない。

平家滅亡以降、頼朝にとって義経は朝廷を攻める材料になる。

だから頼朝は絶対に義経を許さない。義経はわかってくれない兄との決戦を決意し天皇の勅令を求める。天皇は渋々「頼朝追討」の令を出す。ここぞとばかりに義経を追い回す、逃げる義経、頼朝は天皇に「義経追討」の令と、逃げる義経を捕まえるため、全国に追捕使を配置する権限を勝取る。これがのちの守護、実質支配の第一歩になった。

逃げる義経は幼少に世話になった奥州を頼る。奥州こそ、平家無き世で頼朝の最大の敵になりうる存在。その奥州を攻めるきっかけもまた義経。領主の世代交代で呆気なく義経を差し出した奥州は、かくまった罪で滅ぶ。

これで、平家滅亡、天皇から権限奪取、政敵の奥州滅亡が成り、鎌倉幕府以降の武士の世が続くことになる。

頼朝が見ていたものは「打倒平家」でなく「武士の世を作る」こと。結果的にその過程全ての中心に義経がいることが、自然発生なのか?誰かが考えたことなのか?という事に興奮する。見ているものの違いは恐ろしいと感じる。

頼朝は落馬で急死。
義経は自害とも逃げ延びたとも言われている。


a lot of fun

日常にあふれる楽しいことを忘れないように。

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