だいぶ前に流行ってる本を探してて面白そうな本を図書館で予約してたんだけど、予約順が後ろ過ぎて、予約したことも、この本の存在も忘れてて、違う本を受け取りに行ったつもりが、この本だった。折角なのでと読み始めたら、ハマり過ぎて一気に読了。こーゆーの久しぶり。
矢島、アルファ、栗原、片岡、サキ、加賀、鈴木タミラ、主な登場人物。
ちょっと先の未来の世界で起こりそうなこと。スマホが生活の中で人のパートナーになり、スマホを通して全ての人が管理されるような設定が本当にこんな未来がくるんじゃないかと思わせる。便利そうだけど、あまりそうなって欲しくないという未来像。マトリクス見た時に感じた気持ちに近い。
戦争を通して、一人ひとりのドラマチックな人生があり、それぞれの正義の為にもがく一方で、世の中を動かしている一部の富裕層から見たら、蟻の巣で遊ぶ子供のような感覚で、個人の事情はどうでも良くて、全て支配の下の出来事に過ぎない。この2つの対立が面白く、展開も早いので最後まで引き込まれ続けた感じがする。
幸福に生きることと、正しく生きることは違う
半径5メートルの幸福
世界の出来事に偶然はない。
動機はどうあれ、正しさの実行と思われる行動を、それをしない自分への批判と捉える人間達がいる。
そう捉える人間達が、なぜか近頃増えている
どうだい! この偽善に満ちた言葉を!誰もが自分達の身が可愛いから賛同しているとは思っていない!そう思いたくないから、別の言葉を吐き続けている
事実? そんなものに何の意味がある。
そうやって生きて、楽しいか。
こんな事態を招いてまで、この世界は存続する価値があるのか?
世界は間違い続けているのに、お前達は生きている。
いつまで私達を犠牲にするつもりだ。私は認めない。お前たちを認めない。
ネット上の膨大な「幸せアピール合戦」を眺めていると、Cは自分も含め皆がなぜか気の毒に思え、何だかこれは逆に絶望なのではないかと感じることがある。
芸能人でさえ自分の幸福をやたらアピールする。
私はずっと思っていた。
国を豊かなまま思い通り支配するために必要なのは、一部のエリートだけを残し、残りの国民達を無数のチンパンジーのように愚かにすることだと。
...我々がどこかの国を憎めと言えばキーキー憎み、さらに自分達の生活が上手くいかないのは誰かのせいだとキーキー騒ぎ、
私達が何気なくあれが敵だと示せばそのフラストレーションから裏を考えることなくキーキー盛り上がってくれる存在たちに。
世界が変わらないという決定的な証拠がある。
この世界に、一体どれだけ素晴らしい芸術作品、どれだけ素晴らしい言葉がこれまでに生まれたと思う?
なのに世界は未だにこの有様だ。
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