嫌われる勇気 備忘録8

「特別な存在」を目指す2つの道
最初は「特別に良くあろう」とするがうまくいかなかった場合、一転して「特別に悪くあろう」とする。
目的が、他者の注目を集め「普通」の状態から脱し、「特別な存在」になることだから。一定の努力によって結果を残せるのだが、努力を選ばない=安直な優越性の追求

叱っても問題行動をやめないのは当然。子供にとって叱られるのはストレスである反面で注目されている「特別な存在」になる手段だから。また同時に「復讐」という目的も果たせる

普通であることの勇気
なぜ「特別」になる必要があるか?それは普通の自分が受け入れられないから。「普通であること」は悪なのか?「普通」は「無能」ではない。わざわざ優越性を誇示する必要はない。

人生は連続する刹那
人生を登山と捉えるとすると、過程は途上となり、人生を線として見ることになる。そうではなくて、人生は点の連続、「いま」しか生きることはできない。計画的な人生など要不要以前に不可能。

成功者は計画的な人生(途上の人生)を歩いてきたか?どの瞬間も「今、ここ」に生きていたのではないか?「今」を生きると、気付いた時の景色が違っている。「いま、ここ」が充実していればいい。目的地は存在しない。 

人生全体にうすらボンヤリ光をあてるから過去や未来が見える気がする。しかし、「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てたら過去も未来も見えなくなる。過去も未来も「いま、ここ」で考える問題ではない。

人生が連続した刹那であれば、物語は必要なくなる。

a lot of fun

日常にあふれる楽しいことを忘れないように。

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