物事の一部を見て全体を判断する生き方=「調和を欠いた生き方」
10人いたら、1人はあなたのことを嫌うしあなたも嫌いになる、2人は全てを分かち合い親友になれる、7人はどちらでもない(ユダヤ教の教え)として、どこを見て生きるの良いか?
嫌われる1人(どうでもいいはずの一部)を見て人生を判断するのは調和を欠いている。
「仕事が忙しくて家のことができない」も同じく仕事を口実に、他の責任を回避しようとしている。「行為レベル」でしか自分の価値を認めることができない。「存在のレベル」で自分を受け入れるには「幸せになり勇気」に関わってくる
他者貢献とは目に見える貢献でなくとも構わない。「わたしは誰かの役に立っている」という主観的な「貢献感」を持てればいい。
幸福とは貢献感である。
他者からの承認によって得られる貢献感には自由がない。他者承認は不要。
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